About me




Hiromi/ひろみ
Hiromi Hidano 飛田野 央美
旅行好きの北海道出身の父と香川県出身の母の4人姉弟の3人目として育つ
幼少期|
日常も着物で過ごす母のもとで家庭保育で育つ。父の勤め先に母とお弁当を届けに行った思い出がある。年少より保育園に行くが秋の金木犀の香りが印象的な園でよく走り回っていた。
小学期|
姉に憧れて追いかけるように過ごしていた。クラブ活動も追加で参加して
学びや遊びやスポーツは全て学校で過ごす。
中学期|
校訓「不屈の心」との出会い。今も大切に心に留める言葉
社会的な活動も興味を持ち始める
高校期|
理系女子の物理好き。物事が数字や数式で表せれ魅力にはまる。あわせて英語の苦手意識が強まる。
学生期|
ひょんなご縁と自分の学びたい雰囲気だけで進んだ看護学校。看護師を知らずして学びを進めたことによる驚きと困難が多かった時期。実習はすごく大変だったけど、この時していてよかったと思える深き学びの時期
新社会人期|
もれなく看護師。理系女子のため外科系志望で整形外科配属となるも4か月後に新設の重症集中治療室配属に移動。この3年間は技術も思考も人間関係も看護の基礎となり多くの学びと技術を得る。
留学期|
看護業のステップアップに症例の多い病院を目指して転職を始めるが、職業より人間としての成長幅のある事に取り組むことに興味を持ち、一番嫌いな事、苦手な事に向き合いチャレンジすることを決め、留学を決意する。
ワーキングホリデー期|
留学から帰国直後、応募した海外派遣の医療スタッフに日本待機枠となったことが、常勤として病院勤務の就職が難しくなり、派遣/契約看護師として仕事を始めるきっかけとなる。スキルアップの為に部署とポジションにこだわる代わりに、仕事があるところに身を置く。満期終了とならば、海外にでてワーキングホリデーやバックパッカー、周遊旅をする。その特殊なありようからエッセイの連載を5年間つとめる。
ヨガナース期|
東京勤務間もなくしての、東日本大震災。ヨガを自分の日常取り入れ勤務していた中で、ヨガに深い興味を持つ。カナダへのワーキングホリデーの流れの後、ニューヨークのKyoko Jasper師のもとでRYT200トレーニングを受け帰国。その後医療者にヨガクラスを展開する。看護師とヨガに軸を持ちながら活動を始め、出張型自主開催クラスで一般クラス他に、福祉施設スタッフ向け、マタニティークラス、がんサバイバー、高齢者など少人数でのクラス展開をする。
手仕事期|
留学帰国後より意識していた日本人としてのアイデンティティ。
幼少期の母親からの影響でまずは着物から興味を持ち、着付けを学ぶ。その頃京都に勤務していたこともあり、レンタル着物屋で外国人対応と着付けで仕事に携わる。手仕事を生業とする人との出会いが増え、手仕事を紹介するギャラリー運営に携わったり、金継ぎを学び器を直すことが仕事の1つになり始める。
育成期|
夫と共に事業と育児のスタートを同時にさせる。どちらも始めたら待ったなしの中、能動的な子どもの成長と、受動的な事業の成長を二人三脚で育んでいる。
ワーキングホリデー期まではほぼ仕事メインで充実させていたが、後半より自分で自分の為に働き方改革をはかる。自分軸で仕事を組むこと、余暇をしっかりとる事を考えながら働き方を変えていく。そんな中で夫と事業を開始し育児が始まり、可能な限り家庭保育という意向から、子どもを連れながらできる仕事に従事して今に至る。
○好きな事
今取り組んでいる仕事、看護業、旅、YOGA、瞑想、
仕事と好きな事の境目が分からない過ごし方、
知らない事を知る事、足を運んで見ること
○興味がある事
東洋医学、伝統医学、漢方、行動心理
仏教、宗教、禅、茶道、育児
海外医療、まだ行ったことがないところに旅に出る事
訪れた地の手仕事や産業